【記憶②】暗記は海馬を上手にダマせ!




これまでは心理学の側面から人の情報把握、情報処理、記憶を紐解いてきました。だいぶ人の学習メカニズムがわかってきましたね。ただ、脳科学についてお話できていません。そこで今回は脳科学の側面から記憶構造をみていきたいと思います。心理学からみる記憶構造と重ねて理解すると納得する点も多いので、関連させて説明します。

 

記憶はいったいどこへ?

脳科学の世界では、学習とは「独立した物事の関連性に気づくこと」と定義しています。確かにそうですね。心理学では記憶作業の前に意味的処理、すなわち命題的ネットワーク形成を行えば記憶しやすくなると勉強しました。

チャンク化、や同化と調節、構造化など。これらは、まさに独立した物事の関連性を見出す作業です。そして関連性に気づくためには物事を様々な角度から理解しなければなりません。となると学習は単なる暗記ではないことがわかります。学習は物事の関連性に気づくこと。つまり根本的には物事を理解することが学習なのです。

 

 

一方、記憶は脳科学の世界で、どのように定義されているのでしょう。記憶とは「新たな神経回路のネットワーク形成である」と定義されています。なるほど。脳科学では記憶を物理的なものとして定義しているようです。これは面白い。一般的に記憶と聞くと、「実態をつかめない」イメージがありますが、脳科学では明確に神経回路の物理的なつながりと位置付けています。となると、人の記憶を理解するために脳の部位ごとの役割や神経回路に関して知る必要があります。

 

 

心理学でもお話したように、記憶は短期記憶と長期記憶に分けられます。短期記憶は意識下にある情報であり、長期記憶は潜在意識にある情報を示します。そして脳科学では、それらの情報が脳内のどこに存在するかを説明できるのです。

短期記憶情報は海馬、長期記憶情報は大脳皮質に貯蔵されています。

海馬に入った短期記憶は、数秒で忘れてしまいます。でもここから選ばれた情報のみが大脳皮質に移動し長期記憶として貯蓄されます。これが脳科学からみる記憶の仕組みです。では、どんな情報が海馬から大脳皮質へ移動するのでしょう。その情報を決めるのは、やはり海馬です。

 

 

 

海馬を騙せ!

海馬に入ってきた情報は短期記憶として数秒とどります。さてここで海馬に「この情報を大脳皮質へ移動させてください」とお願いしなければなりません。どんな方法があるのでしょう。その前に海馬はどんな情報がお好きなのか知らないといけませんね。

海馬が長期記憶に移行させたいと思う情報は「生きる上で大切な情報」です。これは動物として当然の能力です。動物は生きていくために獲物や水の場所、危険な場所、匂いなど記憶しておく必要があります。それもたった一度しかチャンスはありません。忘れてしまえば、獲物がいる同じ場所に二度とたどり着けないかもしれません。つまり動物にとって忘れるとは本来「死」を意味するのです。

さて話を戻しましょう。記憶は別に勉強するためにあるわけではありません。記憶は生きていくために必要な力です。なので海馬も生きていくために必要な情報を長期記憶にふさわしい情報として選択し、大脳皮質へ移行します。

 

 

ではこの特徴をもつ海馬を学習にどう活用したらよいでしょう。普段私たちの学習は、忘れたら死を意味するような内容はありません。となると、海馬に働きかけることはできないのでしょうか。いえ、そんなことはありません。方法はあります。「これは大事な情報ですよ」と海馬をうまく騙せばよいのです。

 

 

海馬を騙す最もスタンダードな方法は「海馬に同じ情報を繰り返し送り込む」ことです。何度も入力された情報であれば、さすがに海馬も「大事なんだな」と判断し、長期記憶へと移行します。これが、心理学でいうリハーサルです。

情報を長期記憶に持っていくためにはリハーサルが必要でしたね。しかし、単純に繰り返すだけでは、海馬は重要性をなかなか理解してくれません。そこで、心理学では情報を意味的処理して精緻化リハーサルを行うことで、より長期記憶へ移行しやすくできることを説明しました。では脳科学では、こうした工夫はできないのでしょうか。実はあるんです。いくつかご紹介します。

 

①タイムリミットは1ヶ月

海馬は情報を長期的に覚えておく必要があるか判断する、関門の役割をしているわけですが。当然この審査期限もあります。約一ヶ月です。この一ヶ月間でどれだけ海馬に「この情報は大事ですよ!!」と働きかけるかが重要です。ということは、一ヶ月の間にいろんな形で海馬を刺激し訴える必要があるんです。逆に言えば一回しか海馬に訴えず、残り一ヶ月間何も音沙汰がなければ、海馬としては「なんや。必要なかったんかいな」と判断してしまうのです。一ヶ月はゴールデンタイムなのです。

 

 

②「興味」を利用する

海馬は「興味」という要素をかなり重要視するようです。動物にとって最も興味があるのは餌や敵など生きるための情報です。つまり興味が伴うことで、その情報の重要性は自然と増すわけです。したがって、興味を上手に利用するのも海馬を騙す有効な手段です。もう少し脳科学的に説明すると。人間の脳の活動を記録した脳波というものがあり、脳波はα波、β波、θ波、δ波と4種類に分けられます。場面によって脳の活動は変わるので、記録される脳波も変わっていきます。この四種類のうち、θ波が出ているときは、海馬に刺激を与えやすい状況にあるとされています。なので、θ波が出ているときに海馬に訴えると効率よく記憶することができます。ではθ波はいつ出るのかというと、興味をもって物事に取り組んでいる時だそうです。だから興味をもった情報は記憶に残りやすくなるのです。

 

 

③「感情」を利用する

「感情」も記憶に密接に関わっています。実感できる人は多いかと思います。例えば今ぱっと思い出せる記憶を考えてみましょう。卒業旅行とかそうですよね。学生時代の友達と一緒にいく旅行は格別です。しかも学校行事でもあることから、なぜか余計ドキドキしますよね。こうした「感情」が伴う出来事は記憶に残りやすいのです。では脳科学的にみてみましょう。「感情」の刺激は脳でいうと扁桃体に入っていきます。この扁桃体は海馬に隣接しています。なので、感情の刺激が扁桃体に入力されたと同時に、隣接する海馬にも影響を与え、より記憶しやすい状態になるのです。

 

 

④海馬に時間と余裕を与える

もちろん海馬にも限界があります。情報は次から次へと入ってくるので、それらを全て気にかけることはできません。なので、せっかく海馬がゆっくり吟味しているところに、新しく強い刺激を与えてしまうと、海馬の仕事を邪魔することになり、結局どれも記憶に残らない事態に陥ってしまいます。これを記憶の干渉といいます。海馬にも余裕が必要です。なので、優先して覚えたい事項があるなら、それを長期記憶に移行する時間を海馬にも与えてあげるのも大切な工夫なのです。

 

 

以上が海馬をうまく騙す方法の一部です。では実際にはこうした工夫により脳内では何が起きているのでしょうか。LTPという現象が起きています。LTP(Long-term potentiation)とは長期増強と言い、神経細胞同士の結びつきが強くなることを意味します。海馬でLTPが起こらなければ記憶できないという実験結果もあります。そして今まで説明した工夫はそのLTPを海馬で起こしやすくしているのです。

LTPが起こりやすい状況にすればするほど、少ない刺激で海馬をうまく騙せることになり、短期記憶から長期記憶へと移行しやすくなるわけです。

ではまとめです。

・学習は「物事の関連性に気づくこと」記憶は「新しい神経回路の形成」
・短期記憶は海馬に、長期記憶は大脳皮質に貯蔵する
・生きるために必要と海馬が判断した記憶が長期記憶へ移行する
・海馬をダマせば、長期記憶へと選ばれやすくなる

やはり心理学的な記憶構造と脳科学的な記憶構造は密接に関わっていたみたいですね。だいぶ人間の記憶システムが明らかになってきました。

 

 

人が忘れる原因はシナプスにある

さてこれだけ、努力して海馬に働きかけても、人は忘れてしまいます。忘れるということは実際にその情報が必要となった場面で失敗してしまう可能性が高くなるということです。人はなぜ忘れるのでしょう。なぜ失敗するのでしょう。結論から言うと、「変化する環境に臨機応変に適応するために、脳は少しルーズに作られているから」です。

コンピューターを考えてみましょう。コンピュータは一度プログラムすると絶対に忘れず、必ず正確に実行します。「Aの場面でBを行う」とプログラムしたとします。A場面になると、ものすごいスピードで正確にBを行います。しかしaという少し異なる場面に出くわした瞬間全く動かなくなります。a場面でもBをbにしたら適応できるものを、しないのです。つまり「Aの場面でBを行う」という一連の流れを応用することができません。一方人間の脳は、a場面に出くわすと記憶から「Aの場面でBをしてうまくいったな。ということはbをするとうまくいくのでは?」と臨機応変に対応し、その結果うまく適応できるのです。つまり人間の脳は「Aの場面でBをする」という正解とは異なる、「間違い」をすることで新しい場面に適応する能力があるのです。だからこそ、刻一刻と変化する環境に、これまでの経験に基づいて適応し進化を遂げてきたわけです。

 

 

では応用する力は人間のどの構造が関わっているのでしょうか。それはシナプスという構造です。

人間の神経はコンピュータのように一本の線としてあるのではなく、無数の神経細胞が「前ならえ」の状態で一列に並ぶことで形成しています。そして神経細胞同士は手を繋いでいるわけではなく、少しだけ隙間をあけて並んでいます。この隙間のことをシナプスと呼んでいます。ではシナプスの隙間では、どのように情報伝達をしているのでしょうか。そこで使われる道具が情報伝達物質というものです。ドパミンやノルアドレナリン、グルタミン酸など様々な情報伝達物質があるのですが、これらを放出し、前にいる神経細胞がキャッチして情報が伝わっていきます。めちゃくちゃルーズですよね。情報伝達物質の量をうまくコントロールできなかったら、医学でいうと、統合失調症とかうつ病になったりするのですが。それほど、大事な物質なんです。そして、シナプスというルーズさが人間の失敗を生み応用を可能としているのです。

 

 

さらに失敗を重ねれば重ねるほど、シナプスの情報伝達はより正確になります。つまりシナプスが強固になるのです。最初は、シナプス間の情報伝達も曖昧なので、間違った信号を伝えてしまい失敗してしまいます。しかし失敗することで、間違った情報伝達は消去され、うまくいく情報伝達が残ります。こうしていろんなパターンの失敗を重ね、成功する情報伝達のみが残っていきます。これがシナプスが強固になる実態です。もちろん海馬も同様です。海馬のシナプスを強固にするてっとり早い方法はたくさん失敗することです。だから、定期的な記憶の確認テストは効果的なんですね(もちろんやり方には注意が必要ですが。長くなるので今回はその話はしません)。

 

 

さて応用という話が出ました。人は過去に学んだこと、記憶したことを少し変化させ応用する力があります。そして応用に最も適した記憶のことを方法記憶と言います。これまで記憶を短期記憶、長期記憶と大雑把に分けていましたが、実は長期記憶はさらに経験記憶(エピソード記憶)、知識記憶(意味記憶)、方法記憶(手続き記憶)に分類できます。このうち方法記憶を上手に利用することが効率の良い記憶、延いては効率の良い学習にいつながるのです

次回はこの内容についてもう少し深めていきましょう。

では🐧










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